ぼらの館

KagoshimaniaXというWebメディアやったり、雑誌の連載書いたり、テレビとかラジオに出てる鹿児島のおっさん

【妄想エッセイ】怠惰から目覚める/MIRACLE

            

21歳の夏。

とにかく怠惰な暮らしを送っていた。

昼過ぎにいそいそと床を出て、覚えたてのパチンコを打ちに行く。

バイト先の先輩に連れて行かれ、当時流行っていたスピーカーシステム一式を揃えるほどの大勝をしてしまって以降、それが3台くらい買えそうなほど、パチンコ屋に貯金をしてしまっていた。

適当に財布の中身が減ったところでバイトへ出かける。

たまに所持金が何倍かになると、バイト先へ急用ができたと連絡し、友達と牛角に向かい、牛角カルビから牛角アイスまで、牛角フルコースを楽しんだりした。

 

毎日、時計の針も頂上から傾きかけた頃にバイトを終えてじっとりと湿った夜風を浴びながら帰宅。

アパートに戻ると弁当屋でバイトしていた友人が、大きな袋を持って携帯をいじっていた。

その弁当屋には売っていない盛り方、唐揚げやハンバーグがてんこ盛りの弁当を頬張りながらゲームをしたり、マンガを読んだり。

友人はいつも1リットルの紙パックに入ったカフェオレを飲み、たまに床にこぼしては「めんごめんご」と言いながら、慣れた手付きで中途半端に拭き取っていた。

ゲームの画面にのめり込んでいるうちに眠りに落ちる。

朝いつの間にか入っていた布団の中で起きると、友人はいなくなっている。

そしてまたパチンコ屋に向かう。

そんな毎日を特に疑問も持たず、過ごしていた。

 

ところが、いつものように弁当を食べていたとき、カフェオレを飲みながら友人は言った。

「俺、彼女ができたわ」

それ以来、やつはうちに来ることはなくなった。

 

僕は遊び相手を失ったが、相変わらずバイトとパチンコとマンガとゲームをするだけの日々。

「流石にこの暮らしはなんとかならんものか」

と思いはじめていたある日、大学に入学したばかりのころメールアドレスを交換したオンナノコからメールが来た。

「8月末のフェス、あなたの好きなあのアーティストがやってくるから一緒に行こう」

確か新歓コンパだか何かで、とあるアーティストが好きということで意気投合したのだ。

その時は、地元に付き合っている彼氏がいるとか言っていたので、それ以上の仲になることはなかった。

パチンコで散財していた僕は、音楽フェスに行くほどの余裕がない。

「バスもチケットも取ってるよ」

その日、バイト仲間に頼み込んでシフトを変えた。

 

久しぶりに会ったその子は、ライブTにハーフジーンズ姿、まさにこれからフェスに参戦します、といった風貌でやってきた。

乗り場から3時間ほどかかるバスの中で

「その彼と行くはずだったが、行けなくなった。あなたが同じアーティストが好きだと言ってたの思い出して誘った」

とそっけなく言った。

バスでの道中、彼女の携帯が何度も震えていた。画面には僕の知らない男の名前が表示されている。

それを無視するかのように、あのバンドも見たいね、この人達は今年のフェスはこういう唄を歌っているらしい、と矢継ぎ早に語りかけてくる。

「携帯、いいの?」と聞くと、彼女は携帯をカバンに仕舞った。

 

会場はとある山奥。もうオープニングアクトが始まっているようだった。

この日のためにちょっとづつ聞いていた曲の中の一つが流れている。

バスが会場に近づくに連れ、その音は大きくなってくる。

 

バスを降りた僕たちは、ゲートをくぐり紙のリストバンドを手首に巻いた。

眼の前には大きな大きなステージが2つそびえ立っている。

彼女は芝生に座り、鏡を見ながら日焼け止めを塗り直し始めた。

鏡のカバーに、彼女と知らない男のプリクラが貼ってあった。

きっと、さっき携帯に表示されていた名前の男だろう。

 

僕は嫌味っぽく「これ、彼氏?」と聞くと、笑いながら「ううん、違うよ」と言ってシールを剥がした。

日焼け止めを塗り終えた彼女は、「さ、いこっか!」と嬉しいのか悲しいのかよくわからない顔で、僕の右手を掴んで、ステージに向かって走り出した。

 

2006年夏、それはまるで奇跡のような、長い1日が始まった。

 

MIRACLE/DOPING PANDA  アルバムDANDISMに収録(2006年)