ぼらの館

KagoshimaniaXというWebメディアやったり、雑誌の連載書いたり、テレビとかラジオに出てる鹿児島のおっさん

(ネタバレあり)えいがのおそ松さんは歳を重ねるごとに味わい深くなりそうな名作

おそ松さんは最初の1、2話しか見てないのだが、どうしてもと誘われ。

僕はやたら忙しいキャラのようで、皆さん気遣ってくれるのだけど、世界でただ一人「仕事があるからいかない」と言ったら機嫌が悪くなるっぽい人と。昔から。

 

皆さんは高校を卒業したころのことを覚えてるだろうか。

僕は卒業式当日に大学入試、多分その年大学入試ラストチャンスだったはず。

みんな卒業式後は集まったりしてたはずで、僕も入試が終わったあと地元に帰るバスに飛び乗り友だちにメールをして今どうしているか聞いたところまでは覚えているけど、それから遊びに行ったのか、家でおとなしくしていたのか覚えていない。

 

強烈にあの日のことを覚えている人もいるだろうし、思い出したくない人もいるだろうし、適当に忘れてしまった人もいるだろう。

物語は、おそ松兄弟が「あの日」の思い出を取り返しに行くストーリー。

 

所々に、バックトゥーザフューチャーネタや野球ネタなど知らなければわからないネタが織り込まれるところはおそ松さんっぽい。

 

あの日の風景は記憶に残っているけども、完全ではない。人の顔、風景の一部、読めないままにしていた漢字が書いてある看板。

それがそのまま断片的に再現された思い出の中の世界で、あの日に刻まれるはずだった記憶を取り戻すため、過去の自分と出会いながら、少しづつ思い出していく。

無理して作っていた自分、素直だったときの自分、素直になれなかったときの自分。かつての思い出に触れ、過去の自分と語りながら、記憶を取り戻しながら核心に迫る。

 

その核心には、「みんなが楽しく過ごした時間に私がいたことも、記憶に残してほしい」というピュアかつシンプルな意思があった。

 

大人になると、あの日の答え合わせをすることがある。「実はあのときアイツのことが好きだった」とか「実はあいつらは付き合っていた」、「実は・・・」と酒を片手に語り合う。それが今に影響を及ぼすこともたまにあるようだが、基本的に思い出を加筆補正していく作業でしかない。

しかもそれは、そこにいた自分や友だちやあの子やアイツがいてこそできる作業だ。年を重ねてくると、そこにいれない事情も出てくる。そうなると、もう思い出を埋め合う作業はできなくなる。

 

「卒業して会えなくなっても、私がいたことを忘れないで」というのは月並みな言葉だけども、その時その場所で絶対言っておいたほうがいいと感じた。もうできないけど。

 

大人になればなるほど薄れていく記憶をちょっとだけ鮮明にしてくれる作品だった。

今30代だけど、40代になったらもう1回見てみたい。

 

まとめると、「めっちゃエモかった。のぞみちゃんの笑顔にキュンとなった。」です。

あああああああ!マジで!

おそ松さんたちが楽しそうに高校生活を送っている姿を密かに楽しく眺めてた女の子がね、病気だからなんだかで、もう多分この世にはいないんですよ。

ニートでクズになった20歳のおそ松さんたちが、「高橋さんってだれたったけ」って思い出していく映画なんですけどね。

ラストシーンが、感動というか、こう少年的な心をくすぐられるというかですね、切ない。

今は男の子も撮りたがる人いますがね、女の子がね「一緒に写真を撮ろう」って。

もう会うことができないってわかってるんですよ。最初で最後の1枚なんですよ。

その気持ちもわからずに、思春期真っ盛り絶賛仲が悪いなうのおそ松たちがね、なかなか近くに寄ろうとしなくて、女の子悲しくなって「もう写真やめよっか」と、そしたら「寄るって寄るって(汗)」みたいなね。

ああ、めっちゃキュンとした。切ない気持ちになった。優しい気持ちになった。

 

おわり。 

 

※通常版おそ松さんはあんましくわしくないです、アレコレまずいところがあってもご容赦ください。