ぼらの館

KagoshimaniaXというWebメディアやったり、雑誌の連載書いたり、テレビとかラジオに出てる鹿児島のおっさん

僕の鹿児島未来170人会議2018

鹿児島では毎年鹿児島未来170人会議というのをやってて、僕もちょっとレポ記事書いたりしてつついているのです。

 

一昨年は割りとがっつり目にレポ書いたりしてたのですが、昨年は東京でのコンペ出展なんかもあり、他のライターが書いてくれたりしてました。

 

基本的には意識高い系の烏合の衆が集まるイベント(みたいなこと言うから嫌われるんだろうなぁ)とは思ってはいるのですが、前に出て話す人はやっぱいいこと言うなぁみたいな人も多いので侮れないイベントであります。

 

そして、主催者の永山由高氏が個人的に大好きなので注目しています。いっつも誰かとプロレスをしていて傷だらけになりながら一生懸命やってる姿を見て「僕も負けないようにせねば」と思ってます。

いや、ながやんだ。先輩をあだ名で呼ぶのに最大級のリスペクトをもっているのでながやんとします。

 

2017年末のとある日、170人会議登壇のオファーがありました。

「編集部を持ってライターもそこそこ抱えるサイトにするのが僕の未来。だから有能あるいは有望なライターを引っ張りたい」

というゲスい理由で数年前から登壇を検討していたのですが、僕は会議が開催される土曜日はラジオのレギュラーを持っているのと、準備に時間がかかりそうというのでお断りしました。

 

すると、ながやんから新しい提案「ハヂメくん(うちのエースライター)はどう?」と。

僕が参加をためらっていた理由に「うちのサイトのテンションに合わない、逆にうちのテンションは170人会議には合わないだろう」「本来ネットの闇クラスタが出る場所じゃない」「準備+丸一日のイベントはコスパが悪い」というのがあるので、彼を参加させるのかもちょっと悩みました。

零細ネットメディア運営は結構大変なんす。「そんなん出てる暇があれば記事書け」の世界なのです。

 

まぁそんなこともあったのですが、最近日の目を浴びて楽しそうにやってるハヂメくんをあの場に送り出すことは有意義であろうというのと、先輩の言うことは概ね絶対という鹿児島人気質が相まって決めました。

 

「わかりました、ハヂメを遣ります」と。

キシリア・ザビマ・クベに言った「ガルマを遣ります」というセリフを思い出しました。ちなみに、この一言でデギン・ザビが最も寵愛したガルマ・ザビは地球に送られ、シャアに謀られて死んでしまうわけですが。

 

結果、彼は良いプレゼンをしたようで、友達もたくさん増えたみたいで良かったです。

数字のこととかちょっとそこまで言って大丈夫かみたいなところもあったのですが、結果そこに飛びついてくれた人もいたようで、ハヂメくんやったな!というのと段取りをしてくれた方々に感謝です。

 

ただ、彼には「一生懸命のめり込んでみてそこで感じた”違和感”みたいなのが僕らの存在意義だ」と伝えてあります。

 

うちはあくまでも面白オルタナ系メディア。

ホント言うとああいう場とは一線を画しておくべきというのが僕の考えです。

うちがあの場を発信するのはとても違和感があります。

 

うちはロケットニュースやデイリーポータルZになりたいのであって、BuzzFeedやハフポストになりたいわけじゃない。

 

昨年だか一昨年だか来てくれた県外のネットメディアがあったのですが、ああいうのが鹿児島にもできないといけないです。

 

うちみたいな適当なことやってるサイトがテレビとかラジオに出て適当なこと言ってゲラゲラ笑ったり、日の目を見るのが気に入らない人もいるでしょう。だけど、僕は今の仕事に付く前は結構厳しいところにいて、日が回るくらいまで怒鳴り散らかされても家に帰ってブログを書いていたし、ブログの存在が知れてやめろと言われても続けてきました(ホントはやめたほうがいいよ)。

今はおかげさまで熱心に記事を書いてくれる人も増えたので「記事を書く」分量に若干の余裕が生まれてきて他のこともちょっとはできるようになってきました。

 

それだけのことができそうな人は残念ながら僕の周りには見当たりません。「メディア」とか「ライター」とか「編集」みたいな言葉に謎のあこがれを持ってやってるだけっぽい人がマジで多い。

 

一応紙媒体にいたのでうちをウェブ「メディア」を謳うのに大変な抵抗がありました。

新聞は毎日決まったページに記事を埋めて発行しなければならない、テレビ・ラジオは決まった時間に決まった番組を放送しなくてはいけない、雑誌・フリーペーパーもしかり。それができなくなったらその媒体の死を意味します。

特に新聞の人はその意識が非常に強く、災害が起こって印刷ができないとしても避難所に壁新聞を掲示したりして命を繋いできているのです。

そこまでやれるのが「メディア」(媒体的な意味で)であって、無料ブログつくってSNS立ち上げてーみたいなのは僕の「メディア」の定義からはずれます。

うちもなんとかかんとか日々更新しています、できないときもあるので大変な抵抗がありました。

 

しかし、テレビに出るに当たってウェブ「メディア」という言葉を使ってもらう覚悟を決めました。これで1週間も2週間も手を止めることはできなくなりました。

メディアは止まったら死ぬのです。鹿児島の地場のテレビやラジオでその様を見せてしまうと、永遠にネットから日の目を見ることは誰もできなくなる。でも、逆に何かしら形を、結果を残せれば次が続いてくる。

そんな覚悟を決めて早1年ほどが経とうとしています。

 

僕じゃない誰かが「ローカルメディア」の看板を背負って鹿児島未来170人会議に爪痕を残してくてくれたのはとても嬉しかったです。そして、それが「うちの人間」だったことに大変な意義を感じました。

 

僕らの取り組みをウマいことみんなに伝えてくれたハヂメくん、面白がってくれた参加者のみなさま、どうもありがとう。まぁ、参加してないからありがとうも言う資格はないかもですね。

 

そして、実はもう一人毎年のように170人会議に参加しているうちで記事を書いてくれてる子がいます。あえて「子」がいますと表現しておきます。今はまだ自分自身と戦っているようですが、次は君の番じゃないか?と毎年思っているので適当なところで出てきてほしいです。

 

おわり